アイウェアブランド"KAMURO"は、ショップオーナーである禿 大悟(カムロ タイゴ)が 「美・観・楽・遊」のコンセプトを軸に1996年に東京・銀座にオープンしたとても小さな眼鏡店から始まりました。

当時、日本の眼鏡店には有名なブランド名がついただけの個性のない眼鏡ばかりが並んでいました。

また、眼鏡に対してのイメージも決してポジティブなものではなく、「眼鏡を購入するきっかけ=視力の衰え」という一方通行なイメージでしかありませんでした。

オーナーをはじめスタッフはコンセプトの下、個性的な眼鏡を求めて眼鏡の本場ヨーロッパの展示会に足を運びました。そこで出会ったヨーロッパの小さなハウスブランドの眼鏡は、カラフルなカラーリング、個性を主張するフォルムと、まさにお店のコンセプトにぴったりな眼鏡達でした。

さっそくそれらを無個性な眼鏡に飽きた顧客に提案したところ、大いに喜ばれ、また顧客達がそれらを掛けているのを見た感度の高い周囲の人逹へと次第に眼鏡を楽しむ人の輪は広がり始めました。

しかし、さらに多くの人たちの眼鏡への意識を変化させることは容易ではありませんでした。

眼鏡に対して地味だというイメージを持つ多くの日本の眼鏡ユーザーにとっては 見た事のない形や色の眼鏡・・それは奇異な物として目に映ったのでした。

例えばヨーロッパ製の眼鏡のデザインは、骨格からして明らかに違う日本人の顔にフィットさせることは難しく、また色使いもビビッドな物が多く、白い肌ではない私たちの肌からは浮き上がって見えることもありました。

"主張しすぎる"ことを"恥ずかしい"ととらえる日本人の美意識にとって、それはニッチなモノとして扱われていましたが、しかし眼鏡を楽しむという意識は少しづつ確実に拡がりをみせて行きました。

オーナー始めスタッフは考えました。「個性のある眼鏡達を"スタンダード"にして行く方法とは・・」と。

そこで導き出された答えが、あのヨーロッパ製の"楽しい眼鏡"をイメージし、日本人(アジア人)の肌の色に合う色やトーン、そして骨格に合うサイジングの眼鏡を自分逹の手で生み出す事、ということでした。

それをショップKAMUROのバリエーション豊かな商品群の中で、"眼鏡ユーザーへの導入編"の位置付けとしてKAMUROのショップのみでの販売に絞り、小ロットの生産を始めたのです。

それが"KAMURO"のコレクションの始まりでした。
デザインはスタッフが全員で行いデザインのテイストは自由。もともとショップスタッフとして眼鏡ユーザーと日々接しているスタッフが描くデザインは、行きすぎることのない、しかし確実に他人とは違う個性を感じさせるコレクションは、眼鏡への意識を変えるユーザーをさらに増やしていきました。

しかし店舗を構える東京を始めとする大都市圏と地方都市ではまだ温度差があり、またそれはエンドユーザーだけではなく、眼鏡店のオーナーやスタッフであっても眼鏡に対する考え方には大きな相違がありました。

私たちは自分逹の店舗で考えぬいて導いた答えを、自分たちの周りだけではなく日本中に、そして世界中にいる同じ骨格を持つアジア人逹へアピールしたい思いを持ちました。

そうして2005年秋、東京で開かれた眼鏡の国際展示会(IOFT)、その直後にパリで開かれた国際展示会(SILMO)に於いて最初のKAMUROのアイウェアコレクションを発表し、アイウェアブランド「KAMURO」としてスタートしました。